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第7話 俺はもう、逃げない

Penulis: 東雲明
last update Tanggal publikasi: 2026-06-23 14:55:19

「やった……」

 倒れたスライムが、青白い光になって芝生の上へ消えていく。

 俺は剣を下ろした瞬間、その場に膝をつきそうになった。

 息が荒い。

 腕が痛い。

 指先はまだ震えている。

 それでも、俺は立っていた。

 勝った。

 たった一匹のスライムだ。

 この世界では、子どもでも倒せるような魔物なのかもしれない。勇者を目指すなんて言っている人間が、ここで喜んでいいのかもわからない。

 それでも。

 俺にとっては、初めて自分の足で踏み出した一歩だった。

「龍夜くん!」

 ミユウが走ってきた。

 次の瞬間、俺の両手をぎゅっと握る。

「すごい! 本当にすごいよ! 龍夜くん、最後まで逃げなかった!」

「いや、逃げたかったけどな」

「でも逃げなかったもん!」

 ミユウは、まるで自分のことみたいに笑っていた。

 その笑顔を見た瞬間、胸の奥が熱くなる。

 俺は強くない。

 魔力もない。

 剣だって、まだまともに振れない。

 でも、ミユウはそんな俺を見て、まっすぐに笑う。

「龍夜くんは、絶対強くなるよ」

「……なんでそんなに言い切れるんだよ」

「だって、諦めない人だから」

 何気ない言葉だった。

 でも、俺にはそれが、どんな魔法よりも強く響いた。

 誰かに信じてもらうことが、こんなに怖くて、こんなに嬉しいものだなんて知らなかった。

「雑魚スライム一匹で感動するな。見てるこっちがむず痒い」

 石柱にもたれたルゥが、鼻で笑った。

「うるさいな。勝ちは勝ちだろ」

「ほう。言い返す元気は残ってるのか」

 ルゥは俺の足元から剣先までを見て、小さく息を吐いた。

「まあ、逃げなかったことだけは認めてやる」

「それ、褒めてるのか?」

「勘違いすんな。底辺が少し地面から顔を上げただけだ」

 相変わらず腹の立つ言い方だった。

 けれど、不思議と嫌ではなかった。

 たぶん、今の俺は少しだけ浮かれていた。

 初めて、自分にも何かできるかもしれないと思えたから。

 その時だった。

 神殿の表側から、ざわめきが聞こえた。

 歓声じゃない。

 祈りでもない。

 泣き声。

 叫び声。

 助けを求める声。

 ミユウの笑顔が消えた。

「行かなきゃ」

「待て、ミユウ」

 俺が止めるより早く、彼女は走り出していた。

 神殿の大広間は、人であふれていた。

 老人を背負った男。

 熱にうなされる子どもを抱いた母親。

 顔色の悪い女。

 足を引きずる若者。

 数えきれない人たちが、白い石床の上に座り込み、柱にもたれ、神官たちへ必死に訴えていた。

「白い羽の少女がいると聞きました!」

「娘を助けてください!」

「聖女様、お願いします!」

 その声が、いっせいにミユウへ向いた。

 俺は反射的に彼女の前へ立った。

 怖かった。

 魔物より怖いと思った。

 ここにいる人たちは敵じゃない。みんな必死なだけだ。大切な人を失いたくなくて、藁にもすがる思いでここまで来た。

 だからこそ、止まらない。

 誰も悪くないまま、ミユウだけが削られていく未来が見えた。

「ミユウ、無理だ」

 俺は低く言った。

「この人数を一人で見るなんて無茶だ。神官たちに任せて、重い人だけ――」

「選べないよ」

 ミユウは、困ったように笑った。

 その笑顔は明るい。

 けれど、指先が小さく震えていた。

「苦しんでる人がいるんだもん。目の前にいるんだもん。助けたいよ」

「お前が倒れたらどうする」

「大丈夫。わたし、癒すのは得意だから」

 そう言って、ミユウは最初の子どもの前に膝をついた。

 小さな額へ手を当てる。

 白い光がふわりと広がった。

 荒かった呼吸が、少しずつ落ち着いていく。

 母親が泣き崩れた。

「ありがとうございます……!」

「よかった」

 ミユウは本当に嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見て、俺は何も言えなくなった。

 人を救って笑う彼女を、どうやって止めればいい。

 でも、止めなければいけなかった。

 二人目。

 三人目。

 ミユウは迷わず手を伸ばした。

 彼女の光は温かかった。

 神殿の冷たい石床まで、春の日差しに変えてしまうような光だった。

 助かった人が泣く。

 家族が笑う。

 神官たちが祈る。

 その中心で、ミユウだけが少しずつ色を失っていく。

「ルゥ」

 俺は小さく呼んだ。

「ミユウは、どこまでできる?」

 ルゥはすぐには答えなかった。

 その沈黙だけで、胸の奥が冷たくなる。

「癒しは奇跡じゃねえ」

 やがて、ルゥが低く言った。

「力を使えば、その分だけ削れる。あいつは加減を知らない。目の前で泣かれたら、自分の命まで差し出す」

「止めろよ」

「止めて止まるなら苦労しねえよ」

 ルゥの声に、いつもの軽さはなかった。

 俺はミユウを見る。

 十人目を癒した時、彼女はまだ笑っていた。

 二十人目を癒した時、額に汗が浮かんだ。

 三十人目を癒した時、立ち上がるまでに一呼吸遅れた。

 そのたびに俺は手を伸ばした。

「ミユウ、休め」

「もう少し」

「さっきからそればっかりだ」

「だって、まだ待ってる人がいるもん」

 明るい声だった。

 でも、息が乱れている。

 俺は唇を噛んだ。

 守ると決めたのに。

 俺は何をしている。

 剣を握ってスライムに勝ったくらいで、自分が少し強くなった気になっていた。

 でも今、目の前でミユウが削られているのに、俺は止めることも代わることもできない。

 それが悔しかった。

 自分の無力さが、喉の奥に詰まって苦しかった。

 ミユウはさらに癒し続けた。

 途中から、俺は人数を数えるのをやめた。

 数にしたら、彼女の痛みまでただの数字になってしまう気がした。

 代わりに、ミユウの呼吸を見ていた。

 肩が上がる。

 唇が震える。

 手が白くなる。

 それでも彼女は、患者の前に膝をつくたび、必ず笑った。

「大丈夫。こわくないよ」

「もう少しで楽になるからね」

「よく頑張ったね」

 その声は優しかった。

 優しすぎた。

 俺はその優しさが怖かった。

 誰かを救うためなら、自分が壊れても構わないと思っている声だったから。

「ミユウ!」

 彼女の膝が崩れた。

 俺は駆け寄り、抱き止めた。

 軽い。

 怖いほど軽かった。

「もう終わりだ」

「だめ……」

「だめじゃない。終わりだ」

「あと少しなの」

「お前が倒れたら意味ないだろ!」

 俺の声が神殿に響いた。

 ミユウが驚いたように俺を見る。

 怒鳴りたかったわけじゃない。

 怖かった。

 ただ、怖かった。

 さっきまで笑っていた彼女が、腕の中で消えてしまいそうで。

「俺は、お前を守るために勇者になるって決めたんだ」

 声が震えた。

「お前が自分を犠牲にして笑うなら、俺が止める。嫌われても止める。怒られても止める」

 ミユウの瞳が揺れた。

 少しだけ、泣きそうに見えた。

「龍夜くん……」

「頼む。休んでくれ」

 その時、広間の奥で小さな泣き声がした。

 幼い少女が、老人の手を握って泣いていた。

「おじいちゃん……」

 俺にもわかった。

 待てない命がある。

 ミユウの視線が、そちらへ向く。

 俺はその顔を見た瞬間、もう止められないと悟った。

「お願い」

 ミユウが、かすれた声で言った。

「最後まで、見届けさせて」

 俺は何も言えなかった。

 ミユウは俺の腕から離れた。

 ふらつく体を無理やり支えて、次の患者の前へ進む。

 光は弱くなっていた。

 最初のような温かい光ではない。

 今にも消えそうな、小さな灯火だった。

 それでも、彼女は手を伸ばす。

 俺はその背中を支え続けた。

 何度も倒れかける。

 何度も息を詰まらせる。

 何度も目を閉じそうになる。

 そのたびに、ミユウは小さく言った。

「まだ」

 俺は、その言葉を聞くたびに苦しくなった。

 どうしてそんなに頑張れるんだ。

 どうしてそこまで人を救いたいんだ。

 どうして俺は、何もできないんだ。

 最後から二人目の子どもを癒した時、ミユウの白い光が大きく揺れた。

 呼吸が整った子どもを見て、母親が泣きながら頭を下げる。

 ミユウは笑おうとした。

 でも、もう笑顔になりきらなかった。

「よかっ……た……」

 その声が途切れた。

 次の瞬間、ミユウの体から力が抜けた。

「ミユウ!」

 俺は抱き止めた。

 今度は、さっきよりも軽かった。

 胸が小さく上下している。

 生きている。

 それだけを確認するまで、息ができなかった。

「おい、起きろ。ミユウ」

 返事はない。

 手を握っても、握り返してこない。

 俺の中で、何かが音を立てて崩れた。

 守るって言ったのに。

 止めるって言ったのに。

 結局、俺はまた間に合わなかったのか。

 神殿の中が静まり返っていた。

 救われた人たちも、神官たちも、誰も歓声を上げない。

 みんな、床に倒れたミユウを見ていた。

 その沈黙が痛かった。

 ミユウの優しさを見ていた全員が、今、彼女が何を失いかけたのかを知っている。

 俺はミユウをそっと床に寝かせた。

 その時、神官の声が震えた。

「まだ……一人、残っています」

 広間の奥。

 さっきの少女が、老人の手を握ったまま泣いていた。

 老人の胸は、ほとんど動いていない。

 少女は声を殺して泣いていた。

 もう誰にも頼めないとわかっている顔だった。

 その顔を見た瞬間、俺の中で何かが決まった。

 俺は立ち上がった。

「俺がやる」

 ルゥがこちらを見た。

「龍夜」

「俺がやる」

「お前に癒しの力はない」

「知ってる」

「失敗すれば倒れるぞ」

「それも知ってる」

 俺は老人の前に膝をついた。

 手を胸に当てる。

 冷たい。

 怖いほど冷たい。

 手のひらからは何も出ない。

 白い光なんて灯らない。

 俺は魔力ゼロだ。

 この世界に来てから、何度も突きつけられた。

 お前には何もない。

 お前は弱い。

 お前は守られる側だ。

 でも。

 ミユウだけは違った。

 龍夜くんならできる。

 絶対強くなる。

 諦めない人だから。

 あの声が、胸の奥で何度も響く。

「……ふざけるな」

 俺は小さくつぶやいた。

 自分に言った。

 ここで諦めたら、俺は一生、自分を許せない。

 ミユウが九十九人を救った。

 自分が倒れるまで、笑って救った。

 最後の一人だけを絶望に置いていくために、あいつは倒れたんじゃない。

 俺は目を閉じた。

 集めろ。

 どこかにあるはずだ。

 ゼロでもいい。

 かけらでもいい。

 血の奥に、骨の奥に、心臓の奥に、まだ燃えているものがあるなら、全部ここへ持ってこい。

 俺は何のためにここにいる。

 何のために立った。

 何のために剣を握った。

 ミユウを守るためだ。

 あいつが守ろうとしたものを、俺がここで終わらせないためだ。

 胸の奥が焼けた。

 息が詰まる。

 体の中から無理やり何かを引きずり出されるような痛みが走った。

 指先がしびれる。

 膝が震える。

 視界が白くかすむ。

 でも、手は離さない。

「起きろ……」

 老人の胸は動かない。

「頼む。起きてくれ」

 少女が泣いている。

 ミユウが眠っている。

 神殿中が、息を止めている。

 俺は奥歯を噛みしめた。

「俺は……もう、見てるだけは嫌なんだ」

 喉の奥が熱い。

 情けないくらい声が震える。

 でも、それでも言った。

「守られるだけの俺で終わりたくない」

 手のひらに、小さな熱が生まれた。

 火種みたいな、今にも消えそうな熱。

 弱い。

 本当に弱い。

 けれど、確かにそこにあった。

「来い」

 俺はその熱にしがみついた。

「来いよ……!」

 体中の力を、全部手のひらへ叩き込む。

 痛みが走る。

 骨がきしむ。

 心臓が壊れそうに跳ねる。

 それでも、止まらない。

「俺の中に少しでも力があるなら、今ここで全部出ろ!」

 手のひらから、淡い光がこぼれた。

 白ではない。

 ミユウの光とは違う。

 夜明け前の空みたいな、頼りない光。

 けれど、その光はまっすぐ老人の胸へ落ちた。

「助かれ……」

 光が揺れる。

 消えそうになる。

 俺はさらに力を込めた。

「助かれよ!」

 老人の指が、ぴくりと動いた。

 少女が顔を上げる。

「おじいちゃん……?」

 次の瞬間、老人が大きく息を吸った。

 神殿中に、命が戻る音が響いた。

 少女が泣き叫んで老人に抱きつく。

 神官たちが膝をつく。

 誰かが祈りの言葉をこぼした。

 俺は手を離した。

 体から力が抜ける。

 床に倒れそうになった俺の背中を、誰かが支えた。

 ルゥだった。

「雑魚のくせに」

 いつもの言い方なのに、その声は少しだけ違っていた。

「無茶しやがって」

「……助かったのか」

「ああ」

 その一言で、張りつめていたものが切れた。

 俺はミユウを見た。

 彼女はまだ眠っている。

 でも、さっきより顔色が戻っている。

「ミユウ……見たか」

 声にならない声で言った。

「俺、少しは……守れたぞ」

 ルゥはしばらく黙っていた。

 やがて、俺の前に立つ。

 背中の白い羽が広がった。

 神殿の高い窓から差し込む光が、羽を銀色に染める。

 ルゥの手の中に、一振りの剣が現れた。

 訓練用の剣とは違う。

 刃には星の光を閉じ込めたような輝きが走り、柄には古い文字が刻まれている。

 見ただけでわかった。

 これは、ただの武器じゃない。

「アストラルブレイド」

 ルゥが言った。

「勇者に渡される実剣だ。飾りじゃねえ。選ばれなければ、ただの鉄より重い。扱えなければ、お前の腕ごと持っていく」

 神殿の空気が変わった。

 誰も声を出さない。

 ルゥは剣を俺へ差し出した。

「そいつに真の主だと認めさせろ」

 俺は、震える手を伸ばした。

 怖くないわけじゃない。

 力が足りないことは、誰より俺が知っている。

 この先、もっと強い敵が来る。

 ミユウを狙う何かも、きっと現れる。

 俺はまだ弱い。

 何度も倒れるだろう。

 何度も迷うだろう。

 それでも。

 もう、守られるだけではいたくない。

 俺はアストラルブレイドの柄を握った。

 重い。

 腕が引きちぎれそうなほど重い。

 だが、離さない。

 刃が一瞬、まばゆく輝いた。

 神殿の白い床に、星のような光が散る。

 ルゥの口元が、ほんの少しだけ上がった。

「上等だ」

 その時だった。

「……いや……」

 かすかな声が聞こえた。

 俺は振り返った。

 床に横たわるミユウが、苦しそうに眉を寄せている。

「ミユウ!」

 俺は慌てて駆け寄った。

 だが、目は閉じたままだ。

 意識は戻っていない。

 ただ、夢の中で何かから逃げているようだった。

「……やだ……」

 ミユウの指が小さく震える。

 額には冷たい汗が浮かんでいる。

「大丈夫だ。もう終わった」

 俺は手を握った。

 けれど、ミユウの震えは止まらない。

「……あの人……」

 かすれた声が漏れた。

 神殿が静まり返る。

「……あの人がくる……」

 背筋が冷えた。

 九十九人を救い、自分が倒れるまで笑っていた少女が、怯えている。

 今まで見たことがないほど深い恐怖に、震えている。

「おい、ルゥ。何だよ」

 ルゥの顔から笑みが消えていた。

 金色の瞳が、冷たく細くなる。

「……面倒なことになったな」

「何の話だ」

 ルゥは小さく舌打ちした。

「ラフィセルだ」

 名前を聞いただけなのに、神殿の温度が下がった気がした。

「誰だ、それ」

「九百年前からミユウを追い続けている化け物だ」

 ルゥの声は低かった。

「今ので気づかれた」

「今ので?」

「お前の覚醒だ。ミユウの力だ。眠っていた流れが動いた」

 ルゥは窓の外を見る。

 夜空の向こう。

 遥か彼方を睨むように。

「奴は来る」

 神殿にいた誰も声を出せなかった。

 俺だけが立ち上がった。

「なら止める」

 ルゥが鼻で笑う。

「今のお前じゃ瞬殺だ」

「関係ない」

「相手は天使だぞ」

「関係ない」

 俺は眠るミユウを見た。

 怖かった。

 正直、震えるほど怖かった。

 けれど、もう逃げたくなかった。

 何もできないまま、大切な人を失うのは嫌だった。

 アストラルブレイドを握り直す。

 剣が小さく震えた。

 まるで応えるように。

「来るなら来い」

 俺は静かに言った。

「今は勝てなくてもいい」

 弱いままで終わる気はない。

 何度でも立つ。

 何度でも強くなる。

 ミユウを守るためなら。

 俺は剣を握りしめた。

 そして、はっきりと言った。

「俺はもう、逃げない」

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     悪魔がミユウへ触れようとした瞬間、俺はその手首をつかんだ。「ミユウに触るな」 静かな声が、自分の喉から落ちた。 胸の内には、焼けつくような怒りがある。それでも、視界は澄み切っていた。以前のように感情が力を引きずり出しているのではない。 守ると決めた俺自身が、力を動かしている。 悪魔の黒い皮膚をつかんだ指先から、淡い金色の光がにじみ出した。身体の奥から流れてきた熱が腕を通り、手のひらへ集まっていく。「熱い! なんだ、これは!」 悪魔は目を見開き、翼を激しく羽ばたかせた。俺の手を振りほどくと、赤く光る手首を押さえながら空へ逃げる。 夕暮れの森に長い影が落ちた。 冷たい風が木々の梢を揺らし、草原に咲く白い花が一斉に身を伏せる。その向こうで、悪魔の黒い翼が茜色の空を切り裂いた。 逃がすつもりはない。 俺はゆっくり息を吸い、胸の奥に意識を向けた。 力を無理に引きずり出すのではなく、自分の呼吸へ重ねていく。心臓が打つたび、身体の内側にある熱が目を覚まし、肩から腕へ、腰から足へと流れていった。 金色の髪が激しく逆立つ。 足元から立ち上った淡い金色の光が、俺の全身を静かに包み込んだ。 炎のように荒れ狂うことはない。 光は俺の輪郭に沿って穏やかに揺れ、呼吸に合わせて明るさを変えている。熱も、重さも、すべてが俺の意思に従っていた。「アストラルブレイヴ……!」 背後から、ミユウの明るい声が届く。 その声に押されるように、俺は地面を蹴った。 土が弾けた。 次の瞬間、身体は木々の高さを越え、夕暮れの空へ飛び出していた。 頬へぶつかった風が、金色の髪を激しく揺らす。 速い。 そう考えた時には、地上の草原がはるか下へ遠ざかっている。 三日前までの俺なら、飛び上がった勢いに身体を任せるしかなかった。空中で姿勢を変えるだけでも全身へ無駄な力が入り、着地する場所を選ぶ余裕などなかった。 今は違う。 右足へ魔力を流すと、何もない空に見えない足場が生まれた。そこを踏み込めば、身体は俺が望んだ方向へ鋭く曲がる。 腕へ力を移せば上半身が軽くなり、背中へ巡らせれば翼がなくても風をつかめる。 まるで、空そのものが俺の道になったようだった。 胸の奥に高揚が広がる。 だが、その感覚に酔っている暇はない。 前方を飛ぶ悪魔が右へ身体を傾ける。そのわずかな動

  • 異世界転生してもスキルはなかったけど、白い羽をもつ彼女を守るため最強の勇者目指します   第2話 選ばれなかった数値

     白い扉の前で、俺は足を止めた。 測定の間。そこへ向かうまで、ミユウは俺の手首を掴んだまま、迷いなく歩いてきた。「龍夜くん、こっちだよ」「……これ、本当に必要なのか」 ミユウはきょとんと振り返った。白い羽が揺れ、銀色の髪が肩で跳ねる。「必要だよ。龍夜くんが、どんな力を持ってるか見るの」「持ってなかったら?」 自分でも嫌な聞き方だと思った。 けれどミユウは怒らない。俺の手首を離し、両手で俺の手を包んだ。「持ってなくても、龍夜くんは龍夜くんだよ」「それ、答えになってない」「うん。答えじゃないよ。でも、先に言いたかったの。水晶が見せるものが、ぜんぶじゃないって」 小さな掌は

  • 異世界転生してもスキルはなかったけど、白い羽をもつ彼女を守るため最強の勇者目指します   第一話 異世界に召喚された青年

     教室の床が光った瞬間、俺の指先からスマホが滑り落ちた。 画面の中では勇者が剣を振り上げたまま止まり、机の脚も、上履きの先も、椅子の影も白く焼けていく。誰かのシャーペンが床に転がる音だけが、耳の奥でやけに大きく響いた。 次に膝へ触れたのは、教室の床ではなかった。 手のひらに食い込む、ざらついた石の冷たさ。肺に入った空気は、チョークではなく、古い香炉と雨上がりの石畳みたいな匂いがした。 俺は瀬野龍夜。漫画やゲームの世界に逃げ込み、異世界で無双する妄想ばかりしている、ごく普通の高校生だ。 ……なのに。 足元には白い線で描かれた巨大な円があった。文字、羽のような模様、薄く脈を打つ光。そ

  • 異世界転生してもスキルはなかったけど、白い羽をもつ彼女を守るため最強の勇者目指します   第6話 雑魚と呼ばれた少年の一閃

    「来いよ」 俺は剣を構えた。 怖くないわけじゃない。 足は重く、腕もまだ痺れている。 それでも、もう一度地面に転がされるために、ここへ立ったわけじゃない。 アストリアの神殿の裏庭。 白い石柱に囲まれた芝生の中央で、俺はルゥの召喚したスライムと向き合っていた。 青白く透き通った小さな魔物。 見た目だけなら、子どもでも倒せそうに見える。 だが、昨日の俺はこいつに振り回された。 剣は当たらない。 足は取られる。 動きは読めない。 この世界で魔力のない俺が、どれだけ無力なのか。 思い知らされるには十分すぎる相手だった。 けれど、俺は剣を下げなかった。 少し離れた場所で

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    「いやあぁっ!」 ミユウの悲鳴で、俺は目を覚ました。 胸に寄りかかっていた小さな身体が、びくんと跳ねる。白い翼がばさりと乱れ、俺の腕から逃げようとするみたいに暴れた。 一瞬、何が起きたのかわからなかった。 ここはアストリアの神殿にある、ミユウの部屋だ。 昨日、ルゥに連れていかれた裏庭で、俺はスライム相手に情けないほど転がされた。何度も倒れて、立ち上がって、最後は気合だけでどうにか前に出た。 そのあと、膝が笑ってまともに歩けなくなった俺を、ミユウがこの部屋まで連れてきた。「龍夜くん、少しだけ休んでいって」 そう言って、俺の手を離さなかった。 本当はすぐ自分の部屋に戻るつもりだ

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